2006年8月22日 (火)

劇団四季の「鹿鳴館」を観て

芝居を観るのは結構好きです。
見る本数は年に1、2作品なのでたいしたこと
ないし、観るのは最近は劇団四季ばっかりです。
だからあんまりえらそうなことはいえないけど、
これでも学生時代に芝居をすこしかじったことが
あるので、多少は分かっているつもり。
同じサークルの二学年下の後輩にミュージカル
中心に活躍し、NHKのドラマにも主演したことのある
男優がいるくらいなので。(ちょっと自慢)

さて、今回は三島由紀夫原作の「鹿鳴館」を観て
来ました。
四季にしてはストレートプレイをやるのは珍しいなと
思ったら、もともとはストレートプレイをやる劇団として
スタートしたのですね。ミュージカル路線は80年代に
入ってからとか。
それはともかく「鹿鳴館」。原作は事前に読んでおきました。
極力、効果は排除して、演技で見せる演出であり、
よい作品になっていたと思います。中でも影山伯爵役の
日下武史はさすが、という演技でした。主演の朝子は
自分のエゴのためにさしでがましくでしゃばってしまった
がために、かえって影山の策略にはまってしまい、
思いもよらない皮肉な結末をむかえてしまう訳です。
この策略家、しかしながら嫉妬に突き動かされてしまった
伯爵をすごくよく演じていました。
ラストの影山と朝子のせりふの応酬はやや抽象的なので
原作で予習しておいたほうがいいと思います。

カーテンコールのところで2回目に幕があいたときには
三島由紀夫の写真パネルが釣り下がっていたところは
仕掛けてるなあって思いました。

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2006年8月13日 (日)

「クライマーズ・ハイ」を読んで

この小説は、昨年末にNHKでドラマ放映されました。
主人公の新聞記者に佐藤浩市を配し、とても
緊迫感ある展開で構成されており、久しぶりにNHKらしい
骨太なドラマに仕上がっていました。
その印象をもちながら原作を読んでみました。
改めて思うのは、ドラマは原作をかなり忠実に再現
していました。主人公の悠木と佐藤浩市ははまり役でした。
そして共同通信から配信されるニュース速報や当時の
ニュース映像などをふんだんにつかい、非常にリアリティ
あるドラマであったと改めて思います。

原作は当たり前ですが、心理描写が非常に濃密でした。
「下りるために登るんさ」という言葉を残して植物状態に
なってしまった同僚の安西、その安西とクライミングのために
出発するはずだった日に御巣鷹山の日航機墜落事故が
発生。この事故に対しても新聞記者らしい複雑な心境が
吐露されてます。始めは、行方不明だった日航機が、
群馬でなく隣県の長野県に落ちて欲しいとひそかに願って
いたこと。記事の大半は共同通信からの配信に頼らざるを
得ない地方紙が全国紙に対していかに存在感を出すのか、
といったつらさ。部下に嫌われたくないと思ったことがかえって
不信感をもたれてしまうという中間管理職の立場。
しょせんは「もらい事故」である惨事に対して報道者はどのような
距離感で接すればいいのかという苦悩。涙ながらに報道する
テレビのアナウンサーに対して、「泣くのは遺族の仕事だ」という
言葉は報道者の偽善に対するストレートな批判です。
悠木が新聞社を去ることを決意しようとした時に、同僚や
後輩たちとのぶつかり合いは思わず涙してしまいました

事故の報道に忙殺されるシーンと、安西の息子と、クライミングを
チャレンジする現在とのシーンの対比も秀逸でした。
クライミングを通じて、安西が本当に残したかった言葉の意味が
分かってくる、ここがミステリーのジャンルに属する理由だと
思いますが、濃密な人間ドラマとしても通じる構成力、心理描写、
そしてリアリティです。作者も群馬で日航機事故を経験したことが
大きく投影されており、横山秀夫氏でなければ書けなかった
題材といえるでしょう。
僕にとっては最高傑作のひとつに挙げられます。

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2006年8月 2日 (水)

「ハリーポッター 謎のプリンス」を読んで(ネタばれ注意)

これまでこのシリーズを読んできました。
原作者のローリングが言っているように前作にも増して
暗く悲しい内容でした。ある種の息抜きであったクィディッチの
シーンもハリーがせっかくチームのキャプテンになったのに
あまり活躍の場面がなく、肝心の決勝戦ではハリーが
欠場したにもかかわらず優勝してしまいます。
全体的に宿命の相手であるヴォルデモード卿の過去の謎を
暴いていくことが話しの骨になっています。
前作や前々作にあったような恋や人間関係に悩める少年の
姿はあまり出てきませんでした。サブキャラクターがこれまでは
生き生きと活躍していたのですが、本作はある意味原点回帰
ともいえるのですが、ハリーとヴォルデモートとの対決に
向けた序章の位置づけです。やや、ジニーとの恋に踏み切るか
どうかに悩んでいるけど、それは気の使いすぎだろうって。
ロンとハーマイオニーが徐々にいい関係になっていくところを
垣間見る心理描写にはちょっとほろ苦さもちりばめられては
いました。
でも、今作はあくまで最終章へ向かう序章の位置づけ感が
強かったです。いつもの、完結型の謎解きはあまりなかったし。
そもそも謎の解決をしてくれるはずのダンブルドア校長が・・・・
ですから。でも、訳者の松岡佑子さんがあとがきで書いていたけど、
最終章でダンブルドアがあっと驚くことをしてくれる予感もします。
このままでは終われないのではないか、あの校長ならば。

次巻は、ホグワーツが舞台にならないようだから、だいぶ
お約束の場面がなくなり、かえって新鮮ではあるけど、
場がもつだろうか、なんて思ったりして。すでに原作者は
ハリーにとって大切な友人が死ぬとも明かしています。
すでに執筆されている最終章へはどのように収斂していくのか、
あと1年待ちましょう。

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2006年7月12日 (水)

「風と共に去りぬ」を読んで

たまたま僕のかみさんの実家へ遊びに行ったとき、
本棚にしまってあったのを借りて読み始めたのが
きっかけでした。こういう古典はなかなか読む気を
おこさせるきっかけがないものですが、いいきっかけに
なりました。

さすが名作でした。南北戦争を時代背景にスカーレット
オハラが人生に、恋に、結婚にもがき苦しみながらも
強く生きていくさまを描いてます。
スカーレットと「永遠の恋人」だったアシュレと
レットバトラー、そしてスカーレットと
アシュレとアシュレの妻であるメラニーという二つの
三角関係が織り成す人間模様がすさまじい。

1~3月のTBS系のドラマ「白夜行」のなかで、犯人の
少年少女がこの本を読んでおり、刑事役の武田鉄矢が
少女に向かって、「スカーレットオハラのように生きたいのか?」
なんて聞くせりふがありました。でも、実際のオハラは
「白夜行」の雪穂の人生なんてもんじゃない。もっと強烈な
自我をつらぬき、それでいて人のことが分かっていない
子供で、周囲をあらぬ方向へ巻き込んでしまうという
結構とんでもない女です。

新鮮だったのは、日本人にとって見れば奴隷解放の戦争
と捉えている南北戦争について、南部側の視点で描かれている
こと。南部人にとっては黒人はたんなる使役でこき使った
労働力としての奴隷ではなく、家族の一員として密接な
人間関係を築いていた存在であったことがよく分かります。

文庫の巻末の解説を読んで初めて知ったけど、作者の
マーガレットミッシェルにとって本作は処女作で、
たったこの1作しか世の中に残さずに49歳で自動車
事故で亡くなったそうです。

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2006年5月28日 (日)

神聖ローマ帝国のお勉強

僕は月1回、某カルチャースクールに通って、
神聖ローマ帝国の講座を受けています。
なぜにその講座を受けることに至ったかの経緯を
今日はお話します。

もともと歴史には興味がありまして、塩野七生さんの
「ローマ人の物語」は出版されるたびにこれまで読んできました。
これもすでに14巻まできていて、ローマ帝国が東西に分裂する
時代、つまり古代から中世へ移っていく時代が描かれています。
これをきっかけに中世ってどういう時代だろう?という興味が
出てきました。この後に読んだのが、ドナ・W・クロス著
「女教皇ヨハンナ」です。時代はカール大帝の死後、
フランク王国が分裂する時代でまさに中世初頭です。
この時代の空気はキリスト教が人々の行動規範をすべて
支配しているけれども、一般民衆と貴族階級ではその捉え
方がかなり違う、ということや、女性に対して異常とも思える
差別意識があるということが分かりました。

そしてその後に読んだのが、かの「ダビンチ・コード」。
「女教皇ヨハンナ」で多少、キリスト教のどちらかというと影の
部分の雰囲気を知っていたので、同著に対してはかなり
のめりこみました。

こんな読書遍歴をしているさなか、神聖ローマ帝国についての
講座が開かれると知って、申し込んだということです。
ヨーロッパ中世を代表する国の一つを知ると、より、中世の
姿が見えてくるのではないか、と思ったのです。
でも、この帝国の実態はイギリスやフランス、スペインといった
西ヨーロッパの国々とは似て非なる成り立ちをしていたということが
講座を通じて分かってきました。
詳しくはまたおいおい、書いていきます。

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